89歳で他界した、ばあちゃん。約8年間認知症になって自宅で生活をしました。ある日の事。真夜中に、「ダバダバダバダバ!!ドボドボドボ・・・」激しい水の音。1人。また1人と目を覚ます家族。
「何しよるん?ばあちゃん・・・・・」
明治の女は、働き者
うちの、キクちゃん(ばあちゃんの愛称)は、明治42年生まれ。
キクちゃんの両親は、早くに亡くなり、姉・自分・妹・弟は、生きていくために、奉公働きを、していたそうです。
今の若い方には、馴染みのない言葉でしょうが、時代劇などに登場する言葉です。
お金持ちの家に、住み込みで働く、お手伝いさんのようなものですね。
子供のころから、働いていたので、じっとしていることが、ありませんでした。
“身を粉にして働く”と言う言葉が、ピッタリの働き者。
もったいない。が大好きで、何でも溜め込んでしまい、捨てられない。
それなのに、認知症状が出てきて、通帳を持っていると危ない。火を使うと危ない。
仕方のない事ですが、自分の子供(私の母)に、仕事を取り上げられていました。
そんな状態に置かれていた時のお話です。
○○が潰れると、連絡があった!
キクちゃんは、よくこの言葉を言っていました。
「郵便局が潰れる。」と言っては、預金を下ろし。
「ガス屋が潰れる。」と言っては、七輪で火をおこし。
そして、今回は、「水道が止まる!!」と、連絡があったそうです( ´艸`)
キクちゃんにだけ、聞こえる誰かの声が、あるのでしょう。
上記の行動は、ちょっとおかしなものですが、行動の本質は、「家族のため」
銀行が潰れたら、家族みんなが困る。
火が使えないと、家族みんながお腹を空かせてしまう。
そんな、母性の塊のような、「私が、何とかしなくては!!」
という、優しい気持ちが、病気のせいで、ちょっと、「んっ??」
と言う行動になっていたのだと思います。
水道局が、潰れて、断水になる!
キクちゃんに、この連絡が入るのは、いつなのか?
それは、最後まで誰にも分かりませんでした。
ある日の、夜中?朝方?3時か4時くらいだったと、思います。
家族は、みんな入眠中。
豪快に、シャーーーー!ダバダバダバ!ドボドボドボ!
お風呂に、蛇口全開で水を溜める音が、遠くから聞こえてきました。
ボーっと目を覚まして、「なに?風呂?誰が入るの?」
と思いながら、2階から1階へ降りていくと、キクちゃん、風呂場で、仁王立ち。
私:「何しよるん?ばあちゃん?」
キクちゃん;『大変よ!!断水になるっち、電話があったと!!』
「はぁ・・・・??」
その頃には、母も起きて来ていました。
よくよく話を聞いてみると、
- 水道局が潰れると電話があった
- そしたら、断水になる
- だから、水が必要
- なら、湯ぶねに水を溜めないと
と言う事でした。( ´艸`)
自分の身の危険より、家族のため
この頃の、キクちゃんは、こけて骨折をしては大変なことになる。
と言って、お風呂に入る時以外は、絶対に風呂場には近づかないようにしていました。
お風呂も、母や孫の私たち(3人姉妹)と、一緒に入ることが多かったです。
それほど、近づきたくない風呂場に、仁王立ち!!
きっと、キクちゃんにとって、断水になって家族が困ってしまう事の方が、嫌だったのだと思います。
行動は、困ったちゃんなのですが、本質は、家族のため。
みんなで、苦笑いをしたことを、覚えています。
真剣そのものの、キクちゃんをなだめ、風呂場から部屋まで戻しました。
もちろん、彼女の気が済むように、湯ぶねには、たっぷりと水を張りました。
認知症が、キクちゃんを蝕んでいく中、これからどうやっていくのか。
手探り状態で、毎日を過ごしていくことになりました。
なかなか、大変でしたが、やはり、実の娘である、母が1番大変であったと、思います。
この頃、私は22歳。
まだまだ、人の気持ちの分からない若輩者でした。
今なら、母の気持ちにもっと、寄り添えるんだけどなー。(´;ω;`)ウゥゥ
永遠の課題ですね(´;ω;`)
最後までお読みいただきありがとうございました。
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